信用が溶けた日
どうも 採用担当そです。
先日、最近のニュースや社内のITリテラシーの問題、生成AIを日々使っていて ふと様々な事が繋がり妄想が膨らみまして、
考えたことを生成AIにちょっとストーリーを描いて、ブログにして欲しいと頼んで作成してもらいました。
これはあくまで私の行き過ぎた妄想であり、フィクションです。
登場する企業、銀行、人物はすべて架空のものです。

お金の価値とは信用である。
そしてその信用は、「情報」「組織」「社会制度」という三つの段階に支えられている。
では、一番下の段が崩れたらどうなるのか。
そんな問いを考えるうちに、頭の中でひとつの物語が勝手に動き出しました。
語り手は、埼玉の小さなメーカーで総務を担当する「私」です。
第1章 兆候
20XX年、春。始まりは、ありふれた一通のメールでした。
「振込口座変更のご案内」。長年の取引先からです。
文面も署名も、いつもの担当者そのもの。
念のため電話をかけると、聞き慣れた声が「ええ、変わりました」と答えました。
その声が、AIで作られたものだと分かったのは三週間後です。
電話番号ごと、すり替えられていたのです。
同じ頃、ニュースでは似たような被害が毎日のように報じられていました。
社長の声でかかってくる送金指示。ビデオ会議に並ぶ、全員偽物の役員たち。
私たちが確認のために使ってきた「声を聞く」「顔を見る」という手段そのものが、偽造できるようになっていたのです。
それでも世の中は、まだ「気をつければ防げる詐欺」だと考えていました。私もそうでした。
第2章 証拠が証拠でなくなる
夏になると、攻撃は形を変えました。
それまでのランサムウェアは、データを暗号化して身代金を要求する、いわば「分かりやすい」攻撃でした。
ところが新しい不正プログラムは、何も壊しません。
ただ、数字を少しだけ書き換えるのです。
発注数が一桁ずれる。
検査記録の測定値が、規格内に収まるように置き換わる。
契約書のPDFの金額が、いつの間にか違う。
AIはそれぞれの会社の業務を学習し、「いかにもありそうな」改ざんだけを繰り返していました。
うちの会社でも、納品した装置の検査記録と現物が合わないという問い合わせが届きました。
バックアップを戻そうとして、私は青ざめました。
バックアップも、半年前から少しずつ書き換わっていたのです。
どの時点のデータが本物なのか、もう誰にも証明できませんでした。
同じことが、日本中の企業で起きていました。
監査法人は決算書に署名できなくなり、裁判所には「この証拠は偽造だ」という反論があふれました。
本物の証拠でさえ、「それもAIで作ったんだろう」の一言で力を失うようになったのです。
情報への信用、つまり第一段階が、音もなく崩れていきました。
第3章 取り付け
秋のある金曜日、午後3時。大手銀行「▼■銀行」の頭取が、経営破綻を認める動画がSNSに投稿されました。
もちろん偽物です。
ただ、その30分前から、同行のネットバンキングがつながらなくなっていました。
多くの銀行が使うクラウドに障害が起きていたのです。
それが攻撃だったのか、偶然だったのかは、今も分かっていません。
「残高が見られない」「動画は本当だった」。
二つの事実が結びついた瞬間、不安は一気に広がりました。
銀行はすぐに頷取の否定動画を公開しました。
しかし「こちらこそ偽物だ」という声にかき消されました。
人々にはもう、どちらが本物かを見分ける手段がなかったのです。
週明けの月曜日、ATMの前には行列ができていました。
給与振込を担当する私のもとには、「今月の給与は現金でもらえないか」という相談が相次ぎました。
不安は他の銀行にも飛び火しました。
やがて中央銀行の総裁が会見を開き、「預金は守られる」と訴えました。
ところがその会見映像にさえ、「本当に本人か」という疑いが向けられたのです。
情報への不信が組織への不信になり、組織への不信が制度への不信になる。
第一段階の崩壊が、ついに第三段階まで届いた瞬間でした。
そして円の相場は、その日のうちに大きく崩れました。
第4章 信用の退行
その後の数か月、世界は奇妙な形で歴史をさかのぼりました。
まず、現金が戻ってきました。
画面の中の数字は信じられなくても、手の中の紙幣は確かめられるからです。
やがてその紙幣さえ不安視され、金の価格が跳ね上がりました。
お金は、金銀の時代へと引き戻されていったのです。
会社の仕事も変わりました。
重要な契約は紙とハンコに戻り、取引先とは必ず対面で会うようになりました。
総務の私の仕事は、デジタル化を進めることから、紙の台帳を守ることへ変わりました。
皆で少しずつ進めてきたDXが、巻き戻っていくのを見るのは寂しいものでした。
いちばん皮肉だったのは、地元の信用金庫が始めたある仕組みです。
窓口で現金を預かり、担当者が印を押した紙の「預り証」を渡す。
そしてその預り証が、町の商店でそのまま支払いに使われ始めたのです。
17世紀のロンドンで、金細工師の預り証が紙幣になったのと同じことが、目の前で起きていました。
人々が信じたのは、画面の中の巨大なシステムではなく、顔を知っている窓口の担当者だったのです。
終章 私たちは何を信じるのか
世界がどうやって落ち着きを取り戻したのか。
それはまた別の物語です。
ただ、一つだけ確かなことがあります。信用は消えなかった、ということです。
人々は取引をやめられません。
情報が信じられなくなれば、組織を頼る。
組織が信じられなくなれば、目の前の人を頼る。
信用は消えたのではなく、形を変えて、より小さく、より確かめられる場所へ移っていっただけでした。
この物語で、AIはお金そのものを壊したわけではありません。
壊したのは、信用を形成するプロセスでした。
そして最後に残ったのは、「誰がそれを保証するのか」という、人類がずっと問い続けてきた問いです。
ここまで書いて、ふと我に返ります。これはあくまで私の行き過ぎた妄想であり、フィクションです。
ただ、第1章の出来事だけは、もう現実に起きています。
だから明日、会社で振込先の変更依頼が届いたら、私はメールではなく、登録済みの番号に電話をかけて確かめるつもりです。
物語の「私」がそうしなかったように。
ではでは。

