人を動かすのは、正しさではなく「信じる力」なのか?

どうも、採用担当のそです。
最近は色々と忙しくしておりまして、なかなかブログを書くネタが浮かばず、更新頻度少なくなっておりますが、
直近、やっている仕事で色々と再認識したことがありましたので、箇条書きして、AIにまとめてもらいました。


正しいことを言う人は、世の中にたくさんいる。
けれど、正しいことを言うだけの人と、人を本当に動かしてしまう人との間には、決定的な違いがある。

それは「自分がどれだけ本気でそれを信じているか」だと思う。

実はいま、会社のブランディングの再構築という仕事に関わっている。
企業のありたい姿や、社員一人ひとりが本当に大切にしているものを言語化していく作業だ。
その過程で何度も突き当たったのが、「掲げた言葉をどれだけ本気で信じられるか」「その言葉に、行動が伴っているか」という問いだった。
きれいな言葉を並べることは難しくない。
けれど、それが組織や人を実際に動かす力を持つかどうかは、まったく別の話だ。
そのことを考えているうちに、自然と思い浮かんだのが、これから紹介する二人の人物だった。

最近、二人の人物のエピソードに触れる機会があり、あらためてそのことを考えさせられた。
吉田松陰と、三島由紀夫である。
生きた時代も、立場も、思想の中身もまったく違う二人だが、
共通しているのは「信念を言葉だけで終わらせず、自分の行動そのもので体現した」という点だ。

吉田松陰 ― 獄中でも学び続けた男

吉田松陰という人物を語るとき、真っ先に挙がるのはやはり松下村塾だろう。
萩の小さな私塾で、身分に関係なく若者たちを集め、わずか数年で伊藤博文、山縣有朋、高杉晋作といった、後に明治日本を作ることになる人材を次々と育てた。

興味深いのは、松陰自身が「教える立場」として完成された人間だったわけではないということだ。
彼はペリー来航時に密航を企て失敗し、投獄されている。
しかし獄中でも学ぶことをやめず、むしろ囚人仲間たちと読書会を始めてしまう。
「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり(誠を尽くせば、動かせないものなどない)」という言葉は、まさにこの姿勢から生まれたものだ。

最終的に安政の大獄で処刑される直前まで、松陰は自分の思想を曲げなかった。
むしろ死を目前にして門下生たちへ書き残した「留魂録」は、弟子たちの心に一層強く火をつけることになる。
彼は生きて何かを成し遂げたのではなく、「本気で信じ抜く姿」そのものを遺すことで、次の時代を作る人間たちを動かしたのだ。

松陰の言葉としてよく知られているものに、次のような一節がある。

夢なき者に理想なし。理想なき者に信念なし。信念なき者に計画なし。計画なき者に実行なし。実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし。

夢がなければ理想は生まれず、理想がなければ信念は生まれない。
信念がなければ計画も実行も生まれず、結局は成功にもたどり着かない。
この連鎖の起点に置かれているのが「夢」であり、その夢を最後まで手放さなかったからこそ、松陰は獄中でも学び続け、弟子たちを動かし続けることができたのだと思う。
信じる力とは、突き詰めれば「まだ見ぬ理想をどれだけ本気で描けているか」から始まっているのかもしれない。

三島由紀夫 ― 思想を、作品の外に持ち出した作家

三島由紀夫は、戦後日本を代表する作家の一人として知られている。
『金閣寺』や『仮面の告白』などの作品で高い評価を受ける一方、後半生では自身の思想を作品の中だけに留めず、社会的な行動としても表そうとした人物でもある。

その象徴が「盾の会」だ。
三島は独自に組織を立ち上げ、自衛隊での訓練にメンバーとともに参加している。
そして1970年、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で演説を行った後、自ら命を絶つという結末を迎えた。
この一連の行動については、当時から現在に至るまで評価が大きく分かれており、政治的な立場や時代背景によって受け止め方も様々である。

ここでこの記事が注目したいのは、三島の思想内容そのものへの是非ではない。
着目したいのは、彼が「言葉で語ったことを、作品の外でも一致させようとした」という一点だ。
彼は生前、言葉は時に行動と食い違うことがあるが、行動そのものは嘘をつかない、という趣旨のことを繰り返し語っている。
思想の中身への評価とは別に、「信じていることを、書くだけで終わらせなかった」という姿勢そのものは、一つの事実として見ておく価値がある。

二人に共通する「信じる力」の正体

松陰と三島、この二人から見えてくる「信じる力」には、いくつかの共通点がある。

一つ目は、言葉と行動の一致だ。
 二人とも、思想を語るだけでなく、自らの命や身体を賭してそれを体現した。
 人は、口先だけの正しさには動かされないが、命懸けの本気には動かされる。

二つ目は、代償を恐れなかったことだ。
  松陰は投獄と処刑を、三島は自らの死を、それぞれ信念の帰結として受け入れている。
 信じる力とは、都合の良い部分だけを信じることではなく、その先にあるリスクごと引き受ける覚悟のことなのだと思う。

三つ目は、自分の内側だけで完結させなかったことだ。
 松陰は弟子たちへ、三島は社会そのものへ向けて、自分が信じたものを問いかけようとした。
 信じる力は、自分一人で完結するものではなく、誰かに向けて発信されて初めて意味を持つ。

言葉には、なぜそれほどの力が宿るのか

日本には古来「言霊」という思想がある。
言葉には霊的な力が宿っており、口にしたことは現実に影響を及ぼす、という考え方だ。
「言った通りになる」「言葉にすると本当になる」という感覚は、単なる迷信というより、人間の心の働きをある種言い当てた経験則だったのかもしれない。

心理学の分野でも、これに近い現象は繰り返し語られてきた。
フランスの薬剤師エミール・クーエが提唱した自己暗示法は、「日々あらゆる面で、私はますます良くなっている」という言葉を繰り返し唱えることで、実際に心身の状態が変化していくというものだった。
言葉を繰り返すことが潜在意識に働きかけ、やがて行動や現実そのものを変えていく、という考え方である。

言葉とは、もともと脳内にあるイメージをアウトプットしたものにすぎない。
しかし一度言葉として発せられると、その言葉は今度は潜在意識に向けて再びインプットされていく。
「思ったことを言う」だけでなく、「言ったことがまた自分の中に染み込んでいく」という循環がそこにはある。
松陰が至誠を語り続け、三島が自らの美学を語り続けたのは、単に他人を説得するためだけでなく、語ることを通じて自分自身の信念を強化していくプロセスでもあったのではないかと思う。

言葉にする。口に出す。書き記す。
この一つひとつの行為が、潜在意識の中に「自分はそう信じている」という前提を積み重ねていく。
そしてその前提が、やがて行動そのものを規定するようになる。
信じる力とは、単に心の中で強く念じることではなく、言葉として外に出し、それをまた自分の中に取り込み直すという往復運動の中で育っていくものなのかもしれない。

先に挙げた松陰の「夢なき者に理想なし」の連鎖も、この観点から見直すと少し違って見える。
夢を言葉にし、理想を言葉にし、信念を言葉にする。
そのたびに、それは自分の潜在意識へと刻み込まれていく。
計画や実行が生まれるのは、その刻み込みが十分な密度に達したときなのではないだろうか。

自分にとっての「信じる力」とは

正直なところ、二人のような命を賭す覚悟を、自分の日々の仕事や活動にそのまま重ねるのは大げさかもしれない。
けれど、会社の中で新しい仕組みを提案するときも、誰も手を挙げなかった役割を引き受けるときも、根っこにあるのは同じ問いだと思う。

「自分は、これをどれだけ本気で信じているか」

正しさを語ることは簡単だ。
けれど、それを自分の行動で裏付けられるかどうかは、また別の話だ。
松陰や三島のように命を賭けることはできなくても、自分の持ち場で、自分の信じることを、言葉にし続け、行動で示し続けること。
その繰り返しの中で、言葉はやがて自分自身の潜在意識に根を張り、揺るがない信念へと変わっていく。
それが、誰かを動かす力であり自分自身の軸なのではないか、せめてもの現代的な形なのではないかと思う。

ではでは。