身体にもどるとき

学生時代には、同じクラスの友人に誘われてよくジャズ・ライブを聞きいっていた。仕事をし始めて、特に家業を継いでからというもの、時間と気持ちの余裕がなくて足が遠のいていた。しかし還暦にもなると、当時のプレイヤーが引退される話がぼつぼつ出始めてきたので、今のうちにもう一度聞いておこうと当時のレジェンドから始まって、最近はもっぱら若手の方の演奏を合間を見て聴きにいくようになった。
 そんななかで数年前に地元にジャズ喫茶ができて、定期的にライブをやっていることを知った。地元の公団住宅の中庭にあるので、その名も「中庭」というお店[1]なのだが、先日も5周年イベントがあり、満員御礼であった。若い方もいらしたが、私と同世代のかたも何名かいらして、一緒に「タテノリ」で、午後のひとときを楽しんだ。
 その日は、お店のオーナーであるベーシストの落合康介[2]さんのほか、地元の観光大使に任命されているアルトサックスの小倉大志[3]さん、ピアノのリンヘイテツ[4]さんとプロのカルテットの内3名が地元在住ということで、JAZZの街ではないかと思えてくる。聞けるだけでも満足ではあるが、残念なのは、自分で演奏ができないことだ。小学生の頃、叔母がピアノ教師としていたこともあって少しだけ習っていたのだが、筋が悪くバイエルを卒業するころにやめてしまった。弟とも一緒に習っていたが、彼は大学にはいってからまたバンド活動を始めてドラムを叩くようになった。
 卒業間際になって弟がスキーの事故で頚椎をやってしまった。リハビリに励んだのだが、車椅子の生活になってしまい、私たち家族の生活も一変した。当時は激動の日々だったが、ジャズ界に富樫雅彦という車椅子の世界的な金字塔がおられ、深谷市にあるSPACE WHO(Egg Farm)という養鶏場の屋根裏を改造したホールで’80年代から’90年代あたりによくを演奏されていた。たまに2人で聞きに行くと富樫さんはドラマー仲間として彼を励ましてくれたことを思い出す。そんな富樫さんも逝かれてからもうすぐ20年になる。
 弟といえば、体調もあり仕事を早期に引退して、地元に戻ってきて数年が経った。ここにきて学生時代のバンドの先輩がまた一緒にやろうと声をかけてくれて、スティックをもちはじめたようだ。右手はマジックテープで固定するとか、演奏も何曲かやると体力を消耗してしまうとか万全ではないようだが、高齢の方が多く住まわれる集合住居にいるので演目も控えめに、ビートルズの合間にメタルを忍ばせて、昔のお仲間によくしてもらっている様子は兄として深く感謝している。そして音楽の力を改めて感じる。
 最近はAIが発展して便利になったものの、AI漬けになるのでたまには身体感覚をとりもどさないとというような話を先日もある会合で聞いた。会社でも有志で山登りにいったり、音楽のみならず、身体を動かしたり、自然に触れたりという人間としての感覚を味わう機会の大切さがより重要になっているのだろう。
 D,ケルトナー「AWE(心と人生を変える力)」という近刊では、畏怖の念、至福といった言語化できない体感覚、「センス・オブ・ワンダー」について科学的に調査しているのだが、まさにこうした感覚こそが人間を宇宙の一部であることを気づかせ、また人間を人間たらしめるものだという。またこれも最近封切りされたスティーブン・キング原作の「サンキュー・チャック」という感動的オカルト映画(?)では、生真面目な会計士の主人公がダンスにそれを見出している。こうした日常のちょっとした瞬間の感動体験に人間は生きる意味を見いだしているのだというメッセージはとてもシンプルでありながらも、心になにか力を与えてくれる。
 ジャズの世界でも新宿のDUGや渋谷のBody and Soulといった名門が閉店されるという。銀座Swingも危機的だったが、応援が多く継続となったようだ。一方私の生まれた年にできたPitInnは息子さんが社長となって世代交代もすすむし、四谷などにも新しいお店もできた。地元では上尾にプラスイレブン[4]というこじんまりしたお店がある。一昨年の年末に訪れた後、正月明けにオーナーが急逝されたということで心配したが、その後新しい店主が再開されたようで、改めて行ってみたい。
 観光大使の小倉さんも地元でビッグバンドの公演を6月に行うとのこと、カルテットのCDもすばらしいがビッグバンドも壮大な響きで聴き応えがある。市内の少中高校生は先着で無料で聞けるらしいので、申込先を貼っておく。
 インドアでもアウトドアでも良い季節になってきた。ここのところ良い季節は刹那である。近くの川辺でも散歩して、しばし風の匂いにセンス・オブ・ワンダーを探してみようか。
[1]中庭

ジャズ喫茶「中庭」/北本市

北本市のシェアキッチンスペース「ジャズ喫茶中庭」のページです。

[2]落合康介(with渋谷毅)

[3]小倉大志ビッグバンド
ビッグ・バンドと朗読で紡ぐ宮沢賢治の情景

ビッグバンドと朗読で紡ぐ宮沢賢治の情景【Symphonic JAZZ Old Black Joe】 | 北本市文化センター

【電子チケット】6/13北本市観光大使の小倉大志率いる18人のジャズオーケストラ、北本市でのホ[北本市文化センター 北本市本町1-2-1][2026/6/13(土) 開場: 13:30 /開始: 1…

[4]リンヘイテツ@プラスイレブン