医学と工学のあいだ
平成も終わるころだったが、REDEEMという名前で、工学系の技術者に医学を教えるという東北大学医工学部発祥の講座に参加した。東北大学の医工学部は、名前のように医学と工学両方を扱う珍しい学部で、実は30年前に弟が事故にあったときに、新しい治療方法を受けるために何度か通ったことがあった。そのときはEMSという、筋肉に電気信号を通して神経機能を回復させる治療をおこなってもらったが、これも最近は一般消費者まで利用できる時代になり時の流れを感じる。
通いだすきっかけは、当時医療関係の自動化案件に関わっていたのだが、担当者が退職することになり、企画が頓挫してしまい残念に思った。しばらく手をこまねいていたのだが、自分で取り組むしかないと腹をくくった時に昔お世話になった大学の情報を探していたて講座の存在を知った。授業は月に1回だが、土曜日の朝9時過ぎから夕方18時半までみっちり1年間、さらに途中で1週間泊まり込みの実習実験がで行われるという密度の高さをきいて、躊躇した。しかしその年が最終回と聞いてすべりこみで参加した。
講師は医学部の先生だけでなく、一般病院や研究機関の先生、医療器具業界の方もおられた。ドーキンズに影響されてセントラル・ドグマという生命における科学に魅力を感じ、分子生物学など少しかじってはいたが、一線で教えられているさまざまな領域の先生方から最新の情報を直接聞くことができるというのはとても貴重な機会だった。先生方もいつもとちがう民間の技術者を相手にするということで、専門領域を理解してもらおうという熱意がひしひしとつたわってきた。
まず講座で理解したのが、工学と医学の根本的な違いだ。工学では法則に従って構築する学問であるのに対し、医学は博物学として、膨大な観察の積み重ねによって成り立っているという根源的な違いがあるということを知った。AI時代にそうも言えなくなっているが、工学で発見された法則は普遍性があるが、医学では理論の根幹が覆ることがしばしばあるらしい。当時の主催の山口先生はどちらの領域も経験され、この両者の間にある壁に課題意識をもたれていたようだ。
また一方では医学の進歩の歴史には工学がかなり大きく影響してきたことも実感した。超音波診断、内視鏡、CTやMRI、さらには3D画像による術前の検証やロボット手術など、工学的進歩の結果として、診断や治療方法が大きく変化してきたことも知ることができた。MRIの理論などは皆目理解できなかったが、すごいことを発見するものだと圧倒された。
講義は都内の書店のホールだったが、実験は大学で行われた。専用の実習室のある建物があり、DNAの抽出や電気泳動、生化学実験や大腸菌を用いた遺伝子組換えなども体験した。当時すでに老眼が進み始めていたこともあり、ピペッティングなど実験パートナーには迷惑を書けたが、ウェットの研究者の繊細な手さばきに感心した。そしてクライマックスはウサギの解剖実験だ。最初はどうなることかと思ったが、先生の指導のもと2人1組で麻酔、そして解剖しながらの観察、スケッチと続く。それまでは臓器はあたかもブロックがはまっているかのように配置されているものと思っていたが、実際の体内は何層にもわたる膜に覆われ、その膜間に血管や神経、臓器が密接に結びついた非常に複雑な構造をしていることがわかった。
主催の山口先生はもともと心臓外科医として第一線で活躍されていたが、その後たしか目を悪くされて工学の世界に転身し、シミュレーションによる体内の解析というまったく新しい分野を切り拓かれたようだ。そして先に書いたように、さらに2つの分野の間をつなぐ必要性を強く感じられその2つの橋渡しになられた。私が参加した年は20年続いたプログラムの一区切りでもあり、「どんなことにも終わりはあるものだ」としみじみと語られていたのが印象に残っている。大学では今でも、より工学的な要素をいれた講座を継続しているようだが、うさぎの解剖、さらにアドバンスコースにあったブタの生化学実験などは今ではさすがに実施していないようだ。小さな命の上に私たちの今の医療技術があるということもリアリティをもって感じられたものだ。
毎回の授業ごとにレポートを提出するのだが、一度の説明では理解できず、何コマも復習が必要で追いつくのが大変だった。膨大の医学の領域から見ればごく初歩の初歩にすぎないのだろうが、医学の幅の広さを体感した。修了証と自分でマウスから抽出したDNAのはいったチューブを受け取って大学から戻ってきた冬の日を思い出す。
その後私自身、大きな外科手術を経験することになったのだが、授業で受けた病理学の根気強い作業、自身が受けることになった術式の大変さが実感された。この辺はまた機会があれば。
いずれにせよ、異なる領域の壁というものはどこにも存在し、そのギャップは大きいが、シュンペータではないが、そこをつなぐところに新たな価値を生み出す可能性が秘められている。最初はAIと制御の世界も水と油だったようだが、いよいよつながりが成果を生み始めている。当社においても、自動化という無人の領域と人を支えるということの間としてのライフ・サポートオートメーションというコンセプトを掲げているが、どの領域にもどの時代にもそうしたブリッジを掲げる存在が重要であるなと、講座のことを思い出しながら考える。


