目的と手段(汚い表現が含まれます)
どうも、採用担当そです。
先日、朝から愛猫のうんちを箸で、バラバラにして、内容物のチェックをしてきた私です。
うちでは2匹の猫を飼っているのですが、1匹がウールサッキング(異食症)なんですね。

特にウレタン系の物体とクッションと布と紐の形状のものであれば、何でも食べてしまいます。
そう。どこにでもあるものを平気で食べちゃうんですよね。
充電コードとか、ペットベッドとか、寒そうだなってタオルを巻いてあげたりすると食べちゃうわけで…
一度、腸閉塞になり、手術をして、1週間以上入院をさせてしまったこともありました。

[ペットベッドは食べるけど、枕は食べないので、猫用枕に不貞腐れる様子]
そして猫に関しては、怒ったりすれば、やらなくなる…
わけではないので、本当に頭を悩ませていて、最終結論で私は家を買ったのですが、
それでも未だに事故的に起こしてしまう事に強く罪悪感を感じると共に、
対応策を講じるたびに家にものをドンドン置けなくなっていく日々でございます。
以前にも「なかなかうまくいかないダイエット」を軸にした目的と手段の話をしましたが、
今一度目的と手段を強く意識することがありましたので、考えてみました。
企業活動では、日々の業務やプロジェクトに追われる中で「目的」と「手段」が混同されることがよくあります。
売上目標、コスト削減、DX推進…これらは本当に目的でしょうか?
実は多くの場合、それは“手段”であり、本来の目的を見失うと組織は迷走していくと考えます
この問題は、古代哲学者アリストテレスが語った「人生の最終目的」にも通じるのではないか。と思うのです。
1. アリストテレスの教え:最終目的は幸福
アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で、すべての行動には目的があり、その連鎖の最終地点は「幸福(エウダイモニア)」だと説きました。
仕事も学びも富の追求も、究極的には「より良く生きるため」にある。
企業活動も同じで、利益や成長は手段に過ぎず、最終的な目的は「企業と関わる人々の幸福」です。
2. 目的と手段は入れ替わる
企業の成長フェーズや市場環境の変化に応じて、目的と手段は入れ替わります。
例:
- 創業期:目的=生き残ること → 手段=売上を確保する
- 成長期:目的=ブランド価値を高める → 手段=顧客体験の改善
この変化に気づかず、過去の手段に固執すると、競争力を失います。
3. 同じ施策でも、目的が変わると意味が変わる
例えば「コスト削減」という施策。
- 目的が「利益率改善」なら、効率化が中心
- 目的が「環境配慮」なら、サステナブルな調達が中心
同じ言葉でも、目的が違えば意思決定の質が変わります。
4. 目的を意識することは経営の羅針盤
手段が目的化すると、数字だけを追う“手段の暴走”が起きます。
「売上を上げる」ことが目的化し、本来の「顧客価値創造」を忘れると、短期的な利益は出ても長期的な信頼を失います。
経営企画や戦略立案では、目的を定期的に問い直す仕組みが不可欠です。
5. 最終的な目的は『企業と人の幸せ』
アリストテレスの考え方を企業に当てはめると、最終目的は「社会に価値を提供し、関わる人を幸せにすること」に行き着きます。
利益も成長も、そのための手段に過ぎません。
だからこそ、経営者も社員も「この行動は誰を幸せにするのか?」という視点を持つべきだと思うのです。

今回は私が、考えていたことをCOPILOTに投げかけながら、整理していき、最終的にブログ記事を生成してもらいました。
今までの比ではないくらい簡潔にまとまっているかなと思います。
ただ、これが常態化すると自身の脳が思考する事をやめてしまいそうだなと危機感を感じ、
進歩することは時に衰える事でもあるのかななんて思うのでした。
(ほんと、うちの子たちは可愛いな、愛くるしいなと幸せをかみしめる日々なのでした。)
ではでは


