アサーティブネス(1)

 本年も新入社員の方が入社されました。私の新入社員研修の担当内容は業界の動向などが中心なのですが、アサーティブネスという考え方の紹介も、新入社員の方向けにもう10年以上やっています。

 アサーティブネスとは、もともとは人権運動の中で、どうやって被支配されている側が支配側に対して自己の権利を主張していくか、という社会運動から発展してきたものと聞いています。が、私自身はどうしたら物の言える、風通しの良い職場をつくっていけばよいか、ということに悩んできた経緯があり、先に紹介したスコラ・コンサルトさんの支援とともに、当社の風土の一環になれば良いなと思いながら、地道に社内に広がればよいなと思ってやってきました。

 そもそもは、私自身が父の急逝で30歳で経営者になったときに、自分の立場の重さとプレッシャーからかなり強権的な運営をしてきたという反省があります。そうしたときに、スコラ・コンサルトの創業者柴田昌治さんの「40歳から会社で何をするか、どうするか」(講談社:2003)という著作にであい、衝撃をうけました。

 中堅のマネジメントについてなのですが、たとえば「本当に人を動かすとは、どちらが指示をしているか、どちらが指示をされているかがわからなくなるような状態」など、人間というもののリアリティーに即したその観察眼にうなりました。

 なかでも印象に残ったのは、「若くして権力を手にすると、人間を立場でしか動かすことができなくなり、そうすると人間として大切なものを失う」というくだりでした。たしかに人間はアメとムチをうまく使うことで機械のように操作的に人を動かすことはできるかもしれない。しかしそれによって失う「人間として大切な物」ということへの危惧も、その当時私自身が葛藤していた感覚でした。

 柴田さんの著作は「なぜ会社は変われないのか」(通称なぜ本)が有名ですが、私にとってはこの「どうするか」本がその後しばらくは、ある種のバイブルのようになり、今でも赤線の引かれたボロボロの初版の他に、その後「会社を変える人の味方の作り方」(日経ビジネス人文庫)と改題されたものも幾度も買い換えながら手元においてきました。

 そうした中で、「人間社会には、地位や立場、経験やスキルといった社会的な上下関係、とともに、そうした『社会的なはしご』を越える『個人の内面の力』が同時にある」という、アン・ディクソン氏のアサーティブネスの考え方に出会いました。そして、それぞれの背景は違っても人間はそもそも「対等」である、という考え方をどうやって組織の中にいれていけるのか、ということへの取り組みとして、柴田さんのこの著作とであってまもなくアサーティブそのものの学びを始めたのでした。

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