リスキリングあるいは50の手習い(4)
2年次は、授業もすくなくなり、論文の作成が主なテーマとなった。所属の先生からは、どうせやるならば、自身の興味のある、仕事の上での課題をとりあげた方がよいと言われ、インタビューを中心にしたものとすることにした。
せっかくなので、この機会に、知り合いの経営者の方から、その経験をを改めて聞いて見ようと思い立った。コロナ禍のため、インタビュー先にさがすことも難儀したが、かろうじて数名の方に快諾をいただいて訪問やズームなどでお話しをうかがった。
皆さん長い歴史をもっていらっしゃる企業の後継者の方ばかりだったので、そうした永年続く企業の後継としてどのように受け継ぎ、どのように転換をしながら今日までこられたのかということを、先行研究からの発展という位置づけで調査することにした。とはいっても、学術的な研究の進め方そのものの方法論を理解することに時間がかかった。今回はアンケートなどを使った仮説検証型とは違い、語りのなかからそのエッセンスを抽出していくという、質的研究というスタイルを採用した。こうした方法は特に社会学、看護学を中心に発展してきたようで、今回はその中でも日本の木下先生が生み出した修正版GTA(M-GTA)を用いることとした。これは簡単に言うとインタビューを文字起こししたのちに、文脈の中からポイントとなる要素を抜き出し、その要素同士の関係性を考えながら、事象の因果や新しい発見を図やストーリーにしめしていく、といったものである。しかしこの方法論一つもなかなか奥深いものがあり、当初は雲をつかむようであった。オンラインの勉強会に参加したりしながら方法論の習得にもつとめた。
皆さんのお話しを聞くと、それぞれ様々な波を乗り越えて経営の舵取りをされてきたことが大変興味深かった。そのなかでも特徴的だったのは、長い歴史ゆえに、時代ごとに様々な危機を乗り越えられてこられたということであった。当初は自分のスタイルでの戦略や組織作りを構築しいくが、そんななかでも思いもかけない危機に直面することがある。経済的な危機はもちろん、戦争や自然災害という不可抗力も含まれる。ベテランの経営者の方はこうした危機を、「おきるものである」とある種の前提条件としてとらえているような達観も感じられた。そして特徴的だったのは、こうした状況の中で最終的に助けてもらえるのは「社員とお客様」のおかげである、といった発言であった。平時に信頼関係を築きあげることは、こうした危機の時に、経営一人の力では乗り越えられないような大きな変化を、社員そしてお客様の支援によりのりこえられる土壌をつくることが大切であるというメッセージに、ある種の経営の要諦のようなものを受け取った。
これはある種のヒエラルキーの構造が逆転する瞬間のようにも思えるが、こうした健全な相互依存の関係をつくりあげることが、企業を長く経営する上での智惠であるということが垣間見られた。そしてベテランの方ほど、ご自身を「たいした経営者ではない」とか「経営者がポンコツだから」というようなこともおっしゃる。こうした達観と謙虚さの両立に、永年の経営の熟達を感じさせられたものだった。
研究にまとめるには、こうした話の共通点を抽象化する必要があったが、一方でそれぞれの方の個別の人生の山あり谷ありの歩みは、それぞれとてもダイナミックなものであった。あらためて自身はこうした信頼関係をつくることができていたのだろうかということを深く見つめる機会にもなったし、危機に直面してもそれを梃子にして危機そのものを活用していくという発想の転換を学ぶことができたようにおもう。
この2年間の体験は、リスキリングというより酔狂にちかいのだろうが、それまでの自分の人生で何か埋めることができなかったものを埋めようとする衝動があったようにも思える。体力的には大変厳しかったこともあり、純粋に薦められるものでもないが、リスキリンが話題になる昨今、こうした酔狂を公開することにも意味もあるかと思い、あえて綴ってみた。常に肯定的に接してくれていた指導教官の先生には改めて感謝したい(この項おわり)。